無題

 1組の布団の上、布の擦れる音だけが聞こえる。お互いが暗闇に慣れて、目があったとき、へその下から熱がずるりと這い上がってくる。確かに何かをたたえた瞳が、こちらに近寄ってくるときには、それが兄上の凶悪な欲だということが分かって、心の底から嬉しくなる。その喜びに打ち震えているとき、ぼくさまはとても喉が渇く。すると兄上は、気持ちを見透かしているかのように、唾液を分けてくれる。

 長いことそうした後、兄上の熱い吐息がかかる。もっとそういうのが欲しくて、口じゃなくても、ぼくさまからちゅうをすると、すごく擽ったそうに笑う。それがとても嬉しくて、可愛くて、ほっぺや首、肩、二の腕なんかにしていると、スルスルと上着を脱がされてしまっている。「ズボンもやって〜」って言うと、「ダメだ、自分で脱げ」と甘やかしてくれないので、悔しいから、めいいっぱいゆっくり、大事なところだけ見えないように脱ぐ。トランクスと大きめのタンクトップだけになると、さっきより酷いちゅうが来る。かみつくみたいにしたり、押しつけるだけにしたりする。ちゅ、ちゅとくちづけの音だけが響いて、背中の骨がうずうずしてくる。兄上は「もう勃ってる」、とか意地の悪いことを言ってくる。でも、兄上が低い声で唸るように囁くそれすらも好きで、もっと言って欲しくて、「ちがうよ」って言う。

 「ほら」と言って手を大きく開いて待つ兄上に抱きつく。兄上の体温と、ぼくさまの体温とが混じり合う。兄上の使う石鹸の匂いと、汗の匂いが、すごくいい。すう、すうと嗅いでると、兄上の掌がぼくさまの背中を這っていく。タンクトップ越しでも兄上の手だと思うと、とても感じてしまう。脱いだらどうなっちゃうんだろう。

 今度は兄上がぼくさまの背中に回って、頭を撫でてくれた。頭を撫でられるのが、うっとりするぐらい気持ちよくて、もっとしてほしいと頭を擦り付けると、今度は髪を梳いてくれた。うれしい。気持ちいい、そんな風に気を取られていると、左手をタンクトップの下に潜らせて、お腹をするすると撫でる。欲望を感じる触り方で、声がちょっと出てしまった。兄が気を良くして、そのまま胸のあたりまで大きく撫でる。いいところで触ってくれなくて、すごくもどかしい。「さきっぽさわって、おねがい」というと、そろそろとさきっぽの周りだけ触ってくる。

「やだ、やだ、おねがい、ねえ、さきっぽ」

 息もたえだえのところでやっと言うと、強く摘んでくれた。なんども摘まれて、待ちに待った刺激に、電気が走ったみたいに身体がしびれる。すごくきもちい。軽く達してしまった。

 肩で息をしていると、「そろそろいいか、ネジル」なんて、最後の許しを請うみたいに言う。兄上が一番喜んでくれる言葉を言いたくて、一瞬だけ悩んで、「ぼくさまもはやくきもちよくなってほしい」と素直に言った。その後すぐにぎゅっとしてくれた。喜んでくれたみたいで、うれしい。

 せっかくここまでやったのだから、今日はうまくやりたい。

 兄上が神妙な顔でゴムをつけて、内側の獣を抑えつけながら、入れるぞ、と言う。ぐぐぐ、と内蔵が上にずれるかんじは、兄上が入ってくる瞬間だと思えて好きだ。しかも、乳首や亀頭を触られるよりも、ずっと深くきもちいい。自然と大きな声が出てしまって、恥ずかしいが、兄上が「もっと声が聞きたい」と甘えるみたいに言うから、つい「うん」と言ってしまう。兄上が重ねた掌が熱くて、どくどくと血潮が流れてるとわかる。兄上が生きている、兄上と今一緒になってるんだというきもちで、内側から言いたいことが溢れてくる。きもちい、すき。あにうえ、すき。だれよりも。

「はいったぞ、がんばったな」

 なんて、頭を撫でながら優しい顔で言うから、いつも泣いてしまう。

 あにうえ、すきだよ。だいすき。

 でも、言葉にしようとして、口をきゅっと結ぶ。兄上は、セックス中に「兄上」と呼ぶと、切なそうに眉をひそめることを、ぼくさまは知っている。だから、ぼくさまは、兄上が悲しげにするところを見たくないので、何も言えなくなってしまう。意味ある言葉を飲み込んで意味のない音声だけを発している。

 兄上は、「ネジル、すきだ」と言ってくれるけど、ぼくさまはその言葉に「うん」と返すしかない。ごめん、あにうえ、ぼくさまもすきだよ。言葉も、名前を呼びたいと言う気持ちすらも、喉元で殺して、快楽に溺れて忘れるようにした。